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札幌高等裁判所函館支部 昭和26年(う)67号 判決

控訴人 被告人 長谷川拾二 外一名

弁護人 岡田喜久造

検察官 石田広関与

主文

被告人両名に対する原判決を破棄する。

被告人友成俊策を懲役六月、被告人長谷川拾二を懲役四月に処する。

原審における未決勾留日数中各本刑に算入する。

但し各被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

理由

被告人長谷川拾二に関する弁護人桐田喜久造の控訴趣意は、

原判決は被告人等は共謀の上法定の除外事由がないのに管海官庁である運輸大臣の許可を得ないで荷主某との傭船契約に基き昭和二十五年九月上旬頃被告人友成の保管にかかる日本船舶第五金比羅丸(船籍港北海道茅部郡森町、登録番号HK212839)を運航して日本水域外で北緯三〇度以南の口の島に入港し以て無許可で日本水域外に航海したものであるとの事実を認定し、被告人両名に対し各懲役実刑を科したるものなる処、被告人長谷川拾二は単に船員として同船に乗込みたるに過ぎざることは第一審公判調書中(記録十頁裏十一頁)被告友成の供述中、問、積荷のことに関し長谷川はどんな立場にあつたか、答、長谷川は船員として乗組んだ丈で荷物のことは何も関係がありません、問、長谷川は被告人の相談役と言う立場にあつたのでないか、答、別に左様な立場があつたのでありません」(中略)問、長谷川は何をしていたか、答、甲板員であります、同公判調書中被告人長谷川の供述中(同記録十四頁裏)問、口の島に廻航することについて承諾を求めたことはなかつたか、答、船乗と言うことで乗込んだのでありまして左様な相談を受けたことがありません、勿論私は口の島が何処にあるのか全く名も判りませんでした」の供述記載に徴し明瞭なり、尤も同公判調書中被告人長谷川の供述中(記録十五頁)問、友成が浜田某の仲介で口の島に廻航することにしたことを知らないか、答、契約したことは知つて居ります(中略)私は知つているのは口の島えの廻航を契約したこと丈であります」との供述あるも、右は被告長谷川の関与したるものにあらざるのみならず船員たる関係上船長其他船舶保管者の指揮命令に服すべき義務あるにより其指揮に随順したる迄にして共同謀議に関与したりと言うこと能はざるにより被告人長谷川に於て犯罪ありと言うことを得ざるものなり。

というのである。

然し船長以外の船舶所有者又は保管者は船員を指揮命令する権限なく、従つて船員はこれらの者の指揮命令に服従する義務はないのであるが、記録を調べると、相被告人友成は第五金比羅丸の船長ではなく、同船の賃借人又は管理人の地位にあるものと認められるので、被告人長谷川は右友成の指揮命令に服従する義務はないといはねばならない。従つて、右被告人が友成の指揮命令に服する義務があることを前提とする所論は失当である。尤も船員たる被告人が船長の指揮命令に服する義務があることは勿論であるが、然しその命令権が法令の禁止する事項を犯す範囲にまでは及ばないことも言を待たないところであつて、本件において仮に船長が口の島え行くことを命じたとしても、之は法令において禁止する事項を犯すものであるから、被告人は之に服従する義務はない。且つ原判決挙示の証拠によれば、被告人は第五金比羅丸が口の島え赴く目的を以て鹿児島港を出帆する以前に同船が同島え赴くことを知つていたと認められるから、その出帆前に同船を退船することも不可能ではなかつたといはねばならない。従つて被告人は船長や船舶保管者の命に服従したまでで何等の責任がない旨の所論は採用し難い。

而して共謀とは数人相互の間に共同犯行の認識があることをいうのであつて、原判決挙示の証拠によると、相被告人友成が被告人長谷川等約十名乗組の第五金比羅丸によつて口の島え行くことを企図し、被告人長谷川は予め同人乗組の同船が右友成と浜田某との契約によつて同島え行くことを知つて居り、且つ両名とも同船に乗つて同島え行つたことが認められるので、右被告人等の間に共同犯行の認識があつたことが明らかであるから、被告人長谷川は口の島え行くことについて相被告人友成との間に所論のようないわゆる共同謀議をした事実がなくても、共謀があつたと認めるのに少しも妨げとならない。従つて右論旨は理由がない。

然し職権を以て按ずるに、被告人は失職中親戚である相被告人友成に就職を依頼した結果昭和二十五年七月下旬頃はじめて船員となつて本件第五金比羅丸に乗組んだものであり口の島え渡航することが法令により禁止されていることを必ずしも明確に知つていたとは認め難く、且つ口の島え渡航するようになつた事情並びに本年九月八日米国サンフランシスコ市に於て我が国及び四十八個国政府代表者等によつて調印された対日講和条約によると、右条約発効後我国の領土は南方において北緯二十九度以北と決定され、本件口の島はわが領土内に包含されて将来自由に渡航できるようになつたこと等諸般の情状を綜合すると、同被告人に対しては実刑を科するの要なきものと考えられるから、原判決はその量刑失当であつて破棄を免れない。

(その他の控訴趣意及び判決理由は省略する。)

(裁判長判事 原和雄 判事 井上正弘 判事 百村五郎左衛門)

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